以下は、長岡参が愛媛県大洲市に2014年の9ヶ月間通い、のべ1040人以上を撮影した記録である。

 

肱川音頭 by 大洲HONKI プロジェクト from Mile Nagaoka on Vimeo.

H 肱川音頭:昭和42年に町のPR歌として一般公募を行い、翌年の八月にでき上がり、同8月7日には大洲高等学校肱川分校校庭において発表会が開催されました。当初の肱川音頭はレコードで制作されましたが、平成2年にカセットテープにより再販しました。作詞は上田武徳氏、作詞補作を横井弘氏、作曲は中野忠治氏、編曲を上野正雄氏が行っており、歌手の三橋美智也氏、下谷二三子氏が歌っています。振付:三喜 八千代氏

 

大洲音頭 by 大洲HONKI プロジェクト from Mile Nagaoka on Vimeo.

O 大洲音頭:大洲市は古くから伊予の小京都として知られていますが、その豊かな情緒を唄に託して多いに踊り歌って頂きたい念願から、歌詞を公募し、土居建蔵氏の作品を採用しました。大洲市出身の作曲家中野忠晴氏のご尽力と矢野亮氏の作詩補作を頂き、大洲市の観光を端的に表現した「大洲音頭」を作ることができました。編曲は上野正雄氏が行い、歌手の三橋美智也氏、下谷二三子氏が歌っています。振付:三喜 八千代氏

 

長浜音頭 by 大洲HONKI プロジェクト from Mile Nagaoka on Vimeo.

N 長浜音頭:昭和10年に国鉄開通、長浜大橋開通を記念して初代の長浜音頭が作られましたが、昭和53年3月31日に新たな長浜音頭が作られ、翌月の4月20日に発表会が開催されました。新しい長浜音頭の作詞は佐川恭子氏、作詩補作は丘灯至夫氏、作曲・編曲は和田香苗氏が行っており、歌手の都はるみ氏が歌っています。
振付:紅梅 扇寿朗氏

 

河辺音頭 by 大洲HONKI プロジェクト from Mile Nagaoka on Vimeo.

K 河辺音頭:昭和59年、河辺村の発展と郷土愛を育て、広く村民に愛唱される村の歌を制定するため、一般から音頭調の歌詞を募集しました。応募総数26点、応募者数24名の作品の中から、戸田薫明氏の作品に決定し、作曲・編曲を桜田誠一氏が行い、歌手の大塚文雄氏が歌っています。昭和60年8月14日、「かわべふるさと祭り」において、盛大に発表され、村おこしのシンボルとして好評でした。
振付:宮川 和扇氏

 

大洲HONKI PROJECTとは:
「4つの地域が合併して、一つの「大洲市」になった、市町村合併10周年を記念して、一年間をかけて愛媛県大洲市に昔から残る「肱川音頭」「大洲音頭」「長浜音頭」「河辺音頭」の四つの音頭を美しい映像で撮りました。それぞれの頭文字にI=愛をつけて、HONKIという名前が生まれました。市長さんから幼稚園児、おじいちゃんもおばあちゃんも、総勢1,040人の大洲市民が、大洲が誇る素晴らしい名所で音頭を踊っています。どなたでもご覧いただけます。ご一緒に大洲の名所と大洲人の笑顔巡りをいたしましょう。きっと、音楽を聴くだけで身体が勝手に踊ってしまう方々がいらっしゃることでしょう。 きっと、想い出の場所や人と出会えることでしょう。きっと、今回初めて大洲を知った方々も、思いを馳せてくださるでしょう。大洲を想う全ての方に捧げます。」
[問合せ]HONKIプロジェクト(帽子)090-8283-8765 大洲市役所都市整備課 樽井(直通0893-24-1719)勤務時間

*大洲市(おおずし)は、愛媛県の南予地方に位置する市。「伊予の小京都」と呼ばれる。肱川の流域にある大洲城を中心に発展した旧城下町である。2005年1月11日 – 喜多郡長浜町・肱川町・河辺村と合併して新
しい大洲市となり、現市域となる。

honki-ozu.com

 

 

 

26 1月 ’15 Client Works

CLOTH by ホマレノイエ from Mile Nagaoka on Vimeo.

 

ホマレノイエのラグジュアリーブランド「CLOTH」。
素材からはじまり快適性や意匠性全てにおいて
クオリティーの高いワンランク上の住宅。
cloth.jpn.com

前回のTableに引き続き、長岡がブランドネーミングを担当。

CAST:

塩野目由紀子
杉浦史典

衣裳・小道具:
SLOW&STEADY 岡﨑昌弘、楠本恭子
スチール:金苗健太

撮影/編集 長岡参(長岡活動寫眞)
Filmed and Edited by Mile Nagoaka

26 9月 ’14 Client Works

piano : Harumi Nomoto / fretless bass :  Ryoji Orihara / drums : Sohnosuke Imaizumi

Action Paint : Keiichiro Furukado / Camera assistant : Taigo Kawaguchi (NMP) / Special Thanks : Plat Ease

Camera & directer,editor : Mile Nagaoka (NMP)

 

友人のピアニスト、野本晴美さんに依頼され制作した映像です。

今となっては数少ない東京時代の友達で、ピアニストとしては知る人ぞ知る存在。

雨の表現などにどうしても120Pを使いたかったので、プラットイーズさんにREDをお借りしました。

撮影場所は神山のお茶工場。

途中のカラフルな部分は、アーティストの古門圭一郎さんに実際にアクションペイントをしてもらい撮影しました。

映像は他に3バージョン程あり、また順時公開していくのでお楽しみに。

 

15 5月 ’14 Client Works

MILE NAGAOKA 2011-2014 from Mile Nagaoka on Vimeo.

 

「俺は「地域」という浮ついた言葉が大嫌いだ」ということに自覚しだしてから、まだそう間が経ってはいない。それは、或種の幻想や逆転したコンプレックスが吐く言葉であり、「地域」というものの実態そのもの、そしてそこに住まう人々は捨象されているからだ。

 

気怠さと旅行気分の陽気なロケで撮られた幾多の映像たち、そこに「人生」と「顔」が写っているか。

手仕事や悲喜こもごもが、写っているか。無論過剰なまでに切実なものを追う先達がいるのも知らんではないが、そういう人にどこかで遭うことは稀である。(あ、一度富士山を臨む早朝の山頂で、山の写真家と出会ったっけ)

 

自分が「産土」という言葉に込めた(いと思った)のは、そういった「地域」や手垢でギトついた「グリーン」等という言葉たちと、その無邪気な吐露者等への明確なアンチテーゼであった。

 

 

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21 4月 ’14 Client Works

sa-rah 2014 from Mile Nagaoka on Vimeo.

music by SonobeNobukazu
photograph by Hideaki Hamada
book design&edit&text Kanako Mori
filmed, edited by Mile Nagaoka
clothes design&coordinator:Chiaki Boshi

sa-rah.net

19 4月 ’14 Client Works

イエレポート case09 from Mile Nagaoka on Vimeo.

 

撮影・編修:川口泰吾

ディレクション:長岡参

 

イエレポート case10 from Mile Nagaoka on Vimeo.

 

撮影・編修:川口泰吾

ディレクション:長岡参

 

15 3月 ’14 Client Works

 

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あらためまして今年もよろしくお願いします、マイルでございます。

編集でバッタバッタ、去年の疲れでボッロボッロな僕ですが、

息抜き的なことも含めて、久々の機材ブログを。

HDDがだいぶ容量がなくなってきたんで、迷いましたがポチっちゃいました。

ラトックシステム RS-EC32-U3R (約8000円)やっすー。

今使っているのが、16TBで5Bayの林檎派で買ったあんまよくないHDDなんですが、

やすさと、バックアップでいいやーということで、色々調べてこれにしました。

mac環境での映像編集って、未だにTundeboltか、USB3.0かって迷いますが、

Thunderbolt先生はまだ高いし、僕みたいなもんには未知数なんで、USBチョイスです。

 

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13 1月 ’14 mileblog

 

3年前に撮った神山在住サダ君の映像を最近になってようやく編集したのでアップする。

彼の石と交換で映像を作ることを約束してから早くも三年も経ってしまっていた。

FCPから離れ、Davinci Resolveでのカラコレをなんとなくは理解してきて、ようやくこういった素材を

編集する技術レベルになった感がある。(あ、もちろんうちの編集スペックも含めて)

 

36分もある大作ですが、やはりインタビューというのはこんだけかかるんですなーというのが所感。

まじめに追うと。別にこれは広告でもないし。

 

自分の中では、これでようやく愈々もって「さっちゃん」を編集できるよな

実感が持てたような気がします。

では、とりあえずヤーマンw

 

9 12月 ’13 fragments

 

キャラバンネタ以外に久々の新作紹介です。お仕事も、平行してやっております。。

去年の四国編に引き続き、mt workshopの九州編も制作しました。

鹿児島・しょうぶ学園での撮影では雨と火山灰の環境の中四苦八苦しましたが、

なんとか無理をいってミニライブまでやってもらいました。

 

撮影に行ったのは、鹿児島のみですが、

福岡・宮崎・大分・長崎の映像を写真と携帯動画でクライアントさんが撮影されたものを

構築して編集しました。粗い動画でも、カラコレ等々してみれば、けっこうみれるようになるものだと、

びっくりしましたが、こっちのがかえってテマがかかりまっすでっす。

 

以下、ずらずらっと。

 

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6 12月 ’13 Client Works

Client : dpj
Staff : Taigo Kawaguchi,Takeshi Komatsuzaki
Music : Yu Kadowaki “Koe”
Camera,Edit,Color Correct,Director : Mile Nagaoka.

00:47 Voice of Coffee shop
02:56 Voice of Sudachi farmer
04:02 Voice of Ramma sculptor

 

以下、民主党の「日本を良くする47のアイデア」のために書いた記事を

全文掲載します。

 

「スローなドットに、つきあうこと。」

 僕から「日本をよくするアイデア」という、たいそれたものが出せるかは甚だ疑問ですし、ユニークな政策案や現状の問題点の改善策等々は僕の身に余るので、その前提となるであろう部分についてのみ指摘することにします。
東京から四国の中山間地へとiターンで移住した者として、またドキュメンタリー映画を作りながら、あちこちの「辺境」へ日常的に赴いている者として日々思うのは、「截然と隔てられている都市と田舎の垣根を超えて実際に足を踏み入れるべきである」ということです。今、猫も杓子も「ローカル、ローカル」の念仏を唱えているような印象がありますが、注意しなくてはならないのは、ただ足を踏み入れるだけではほぼ、意味がないということです。美味しいものを食べるためや、物見遊山や、パワースポット見物や、アウトドアスポーツのためだけでは、田舎に行く本当の意味/意義を取り逃がしているように思える。その地で生息している人々(特に年配の方々)の横を素通りするのではなく、或は自らを「都会からやってきたそこそこ見識がある人物」と規定して上から目線で接するでもなく、「厳しい自然環境で生き抜くことに対しては、何にも知らない(ある種愚鈍な)者」と再規定して、彼ら(そして彼らの先祖たち)が、その環境で如何に生き延びてきたか、食料や燃料をどうしてきたか、災害に対してどのように対処してきたか等々を、謦咳に接するレベルではなしに、真摯に「自分ごと」として尋ねたらいいのだと思います。
そのサバイバビリティというか、暮らしの質の深さに、まーびっくりすると思います。ですが、そういう無形文化の束のような「情報」にアクセスする人はあまりいません。そこに価値を見出していないからだと思います。(むしろ自説を誇らしげにぶったりする光景をよく目にします)それらは、現代のセンスからすると、とてもスローで、バグが多く、フィルターが幾重にもあって、あまりにも冗長なものに感じられます。その無数のドットは、採算とか効率とか、そういうものの外にあると思います。が、それと向き合ってみて線を結べた瞬間、自分の中でいろんな解決がある。そういうものこそが、日本人がこれまで生み出してきた「アイデアの蓄積」のはずですから。
去年僕が製作した映画『産土(うぶすな)』では、そのような地方都市から車(船)で1時間から2時間程度という「ちょっとだけ向こう」に入っていきました。ちょっとだけ、といいつつ、ものすごい険しく細い、荒れた道を通っていきます。僕がそこで目にしたのは、2000年代に生きている感覚からいうと、フィクションかと思うような世界でした。例えば、日本で一番人口の少ない町と云われている山梨県の茂倉という山の上にある小さな集落では、村人らによる雨乞いの儀式を見ることが出来ました。偶然かもしれませんが、儀式を終えた直後、雨が降ってきました。雨乞い等という古めかしいものは、現在はあまり探すことはできないという思いますが、昔は日本のあちこちで日照り対策としてやっていたと知ってはいました。しかし、ただ話しだけだと、『日本昔話』を見た時のような心象しか芽生えないのです。が、実際に目にしてその本気さが理解できました。それは気休めではなく、本気だったということが。つまり、それまでの日本人には、天に向かって雨を祈るということは、必然的行為だったということが。また沖縄最大の聖地と云われる久高島では、暮らしの中にリアルに息づいている人と神の関係も垣間みてきました。彼らの墓地に対する禁忌の意識や、神聖な海蛇に対する敬虔をつぶさに見てみると、自分の価値観のセンスが揺れ動きました。彼らが、自分とは違う世界に生きているように感じました。明らかに、自分とは違うものを見ているという感覚です。
山に行っても、海へ行っても、その場の人々から感じるのは、敬虔というか畏怖の感覚の強さです。「目に見えない何ものか」とどうつきあっていくのか、ということです。今は獣害駆除の対象でしかない獣たちは、かつては多くの山や里で祈り崇めるべきカミでした。また本来、土地というものは人間が容易に切り取って売買できるものではなく、「地霊」というか、土地のカミが支配しているものでした。ゆえに今でも地鎮祭をし、供え物をし、子供が生まれたらお宮参りに行き、初詣にも行きますが、その元々あった霊性というか、畏怖がかなり薄まってき、レジャーになってしまっています。物見遊山で行った先を汚して帰るのは、そこに目に見えないものを意識しないからです。ゆえにタブーを犯し、誰かが大切にしているものを、ただのスクラップのように扱ってしまう。また「限界集落」という言葉でジュッパヒトカラゲに括って、それで理解したつもりになってしまっている。この『ローカルライン』でも取り上げたように、道の先に赴いて、そこに滞在してみれば、その念仏がいかに机上のものか恥じるのではないかと思います。そこは多様であり、これまでの多種多様なアイデアが蓄積されているのであって、容易に「廃村」や「合併」といった効率的解を出していいものではないのです。地名には意味があり、由来があり、物語がある。目に見えないものを人が敬い、ネーミングし、デザインしてきた経緯がある。
そういうストレージされてあるものを見聞きし、現在のレイヤーと重ねて見た時に、初めて疑問に思うことがあります。そういうことを結んでマネージしていくものが、「本来の政策」であるはずですが、「現場の声が届かない」とインタビューにもあったように、それは捨象され続けています。俯瞰的・合理的に物事を見ることは当然大事ですが、それからざっくりと捨象されてスクラップとして忘れ去られていくものの重要性に、人は気づかなければいけないと思います。ここでは省略しましたが、山で暮らしてみると山と森の問題の根深さ、深刻さに、目の前が真っ暗になるような感覚を覚えることが日常的にあります。あたりまえのことをいうようですが(たぶんあたりまえのことだけに真実味があるのだと思いますが)、一人一人の国民が、スローと思えるドットにアクセスしていき、目の前で/或は「ちょっとだけ向こう」で、起きていることを自分の問題とすることが、もっともベーシックかつ有効な解ではないかと思っています。
ながおかまいる
1979年千葉県うまれ。活動寫眞家。2010年に東京から徳島県神山町に移住し、「長岡活動寫眞」を屋号に、四国中心の企業映像などを制作する傍ら、様々な辺境に赴きドキュメンタリー映画を制作している。

 

 

2 8月 ’13 Client Works

mt makimaki

 

mt wrap

 

クレジット:

 

クライアント:カモ井加工紙株式会社

エージェンシー:セーラー広告株式会社

企画、アートディレクション:ドリームネットワークアクティビティ
制作:長岡活動寫眞

撮影・色編集:長岡参 編集:川口泰吾

 

30 7月 ’13 Client Works

呼ばれず飛び出ずじゃじゃじゃーん、ということで トルコのedelkrone(エーデルクローン社)のポケット・リグがはるばる到着しました。

どんなものか、まずは、映像を紹介しておきませう。

 

 

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26 7月 ’13 mileblog