なぜか言ってませんでしたが、この中の映像15%くらい撮ってます。

 

 

26 9月 ’14 Client Works

CLOTH by ホマレノイエ from Mile Nagaoka on Vimeo.

 

ホマレノイエのラグジュアリーブランド「CLOTH」。
素材からはじまり快適性や意匠性全てにおいて
クオリティーの高いワンランク上の住宅。
cloth.jpn.com

前回のTableに引き続き、長岡がブランドネーミングを担当。

CAST:

塩野目由紀子
杉浦史典

衣裳・小道具:
SLOW&STEADY 岡﨑昌弘、楠本恭子
スチール:金苗健太

撮影/編集 長岡参(長岡活動寫眞)
Filmed and Edited by Mile Nagoaka

26 9月 ’14 Client Works


忙しさは重なるものである。
生涯のうちでこれ以上忙しいことがないだろうと思い、
かつそれが更新されるという日々が、ここのところ毎年続いている。

明治神宮での上映を終えてから、いくつか広告の仕事をこなし、第二子が産まれ、これから3年目のキャラバンやらいくつかの大きな仕事やら、産土のwebづくりやらなんやらの新展開やらを控えている最中、傍目には無謀に、いや己自身としてもそうには違いはない感じで、産土プロジェクトの本拠地となるべきTeehaus(ティーハウス)という建物のリノベーションに取り組もうとしている。ある助成金を頂けることになり、貧乏人の若造の夢想が現実化する一歩を踏み出すことができた。

名前が示す通り、ここはかつて製茶工場であった。今や廃墟の様相を呈してきている粗雑な建造物である。川沿いにあり、年一度だけ製茶の用途で使用するため、諸々のしつらえは急ごしらえでとりあえずな感を拭えないような構造である。色々いきさつはあるのだが、これを何かにせんか?と自分がずっと追っている取材対象者から頼まれた時、さすがに「無理だ」という意識が九割方のぼってき、それでも断れずただ逡巡していたのだが、ある日を境にしてそれが自然に変わった。

ここをぶち壊して埋立てて駐車場にするという話しを聴いて、この土地の前に立ってみて、「それはないだろう」と思って何かしようと思った。山と川をそのまま感じれる雰囲気が心地よかったのがずっと隅に残っていたこともある。なんだかんだで俺がやるしかないと思った。それが素直な最初の動機である。村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』という不味い本の中で、飲食店を作る時にその場所の前でずっと佇む男の話しがでてくるが、まあそんなところだ。見ず知らずの他人の死んだ爺さんが死ぬ間際まで再開しようとしていた製茶工場の機械はオンボロで使えなかったけれど、でもその土地に染み付いた残像のようなものを感じる。なぜか一緒に何かをやっているような気がする。考えてみれば自分はずっとこのような感覚があった。死者や遠くの先祖とともに二人羽織で何かをやっていくような感覚というべきだろうか。

しかしただ一人で抱えていてもおそらく何にもできはしない。この町にいる多くの移住者の中の若造と共に、余所者としてやはり「場」がないということと、ある種のクリエイターとして、公共の場では発揮できない何ものかをぶつける「場」を作れないかと思っていた事もあり、まあなんとかなるだろうとタカを括っていたこともある。

そんなことを考えながら、やはりふとした合間に出来るんだろうかと不安が襲ってきたり、逡巡したりしていた。そんな中で前職を最低にだらしなく無様に辞めた「根性なし」のK君がこのプロジェクトを一緒にやることになった。そしてイギリス人のルーファスが手伝ってくれる。「根性なし」は、他にもたくさんどこかにいるはずだが、自分にコンタクトしてくることは今のところない。色々な人間が興味のある風を言ってくるが、本当に何かを起こす人間というのは実に少ない。新しいことを始める度にいつもそういうガックリな感覚というものを引きづりながら進んで行く。

 

映像作家に職能があるとするなら、それは恐らく「顔」についての峻別や洞察にやや常人よりも優れてくるということがあるかもしれない。僕がこの町に来てからの4年間で、この町を訪れる人々の「顔」は大きく変わった。威丈高、高慢、野心、誇大といったような「顔」が、心地よい或種のプリミティブな空気に覆われていた当たり前の生活の中に多く侵犯するようになった。またその状態へ以前は違ったのに、推移してしまったような「顔」も散見される。僕はそのような「顔」には興味がまったくなく、この地域で日々出会う人たちから何かを学べるよう、そしてこの場づくりを通じてこの町に住むということへの恩返しがしたいというのが一番大きなところである。(下手をすると、いや確実に自分もここに来て暫くは、そのような「顔」を晒していたに違いない。)

 「産土」という映画を何の因果か撮るようになった自分は、その土地のそのもの素晴らしさ、その辺りにいる爺さん婆さんの壮絶な生や技量や知見というものに日々刮目せざるを得なく、古色蒼然というかただレトロな町の高齢者ばっかりという状態が、かえって耳目をおっぴろげて這うように教えを請い続けなければならないような緊張感ある「前線」へと変貌するという経験を思えばずっとやっているように思うが、ここで述べているような「顔」たちには、そのような緊張感等なく、自己の趣味性や、欲望の中にあり、とても何かを学ぼうという「顔」ではない。それどころか却って幼稚な己を披瀝して失笑を買っていることすら気づくこともない。

己を変容させる可能性が、古い物事や農山村の暮らしの中にあるからこそ、自分はそれを信じて明日を歩いて行ける。「公」の中にテーマも本質も無限にある。くだらない自己を延命させるだけに終始する「顔」は、とても醜いということに気づかないのだろうか。なぜ「公」に向ってチャレンジしないんだろうという疑問を抱えながら、僕はこれからも忙しさの質量を増加させながら、いつかの死へ向ってチャレンジし続けることだろう。

 人前に立ってしゃべったりすると、自分の意図や提言を求められる。色々と批判も罵倒もしたいこともご承知の通り抱えているがそういうことには一切蓋をし、「これが俺の意図であり提言です」と言えるようなことを、ただひたすら実行に移そうと思う。日月はバックできねえ、のだから。

 

 

 

14 9月 ’14 mileblog