UKETAMAU from Ben Ruffell on Vimeo.

 

去年の森キャラバン=『産土』の中で生まれたスピンオフ短編、UKETAMAUです。

僕は共同監督としてクレジットされています。

 

 

Pingmagに掲載された記事を参考までに。

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山は大変なことになるなっていう危機感を持っています」そう話すのは、山梨県の奈良田で温泉宿を経営する深沢守さん。国内でも特に山深い場所にある奈良田は、かつて存在した集落がダムの底に沈み、多くの住民が集団移転を余儀なくされた場所として知られている。今日ではそんな悲劇はまず起こりえないものの、鹿の過繁殖や川の水位の低下、唐松の植林による森林破壊など、現在深沢さんを悩ませている問題はどれも深刻だ。「どうなることやらですね、ちょっと心配です。特に山が心配です」

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奈良田は、2012年上旬に始動して以来国内各地で里山の集落を撮影してきた「森と共に生きる暮らし方」探訪キャラバンの停泊地のひとつだ。長岡マイル監督率いる同キャラバンは、徳島県神山町にあるNPO法人グリーンバレーが企画し、愛・地球博成果継承発展助成事業に採択されたプロジェクトで、撮影と企画に十二ヶ月にも及ぶ期間を費やし、長岡をはじめ停泊地ごとに異なる映像製作者を海外から迎えている。日本、フランス、ニュージーランド、シンガポール、マレーシア、イギリスといった各国の視点を盛り込んだこの映像の山――ダジャレのようで申し訳ないが、文字通り「山」である――は、その後長岡とトム・ヴィンセント(皆様もご存知、我らがPingMagの編集長)の手で編集・監修され、『産土』という二時間のドキュメンタリーとして五月にイギリスのダーリントンで上映された。また日本国内でもプライベートな試写会が開かれており、筆者も先日スパイラルで開催されたそれに参加してきた。

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『産土』とは神道の言葉で、その人の生まれた土地やその土地と人びとを見守る神を意味する。過日富士山が世界遺産に登録されて世間を賑わせたのを機に、今改めて観光業界の売り文句や愛国精神を抜きに、日本の山々や未だそこで暮らす人々の行く末について真剣に考えてみたい。

福島の原発事故後の日本では、持続可能性はこれまでになく重要な問題として注目されている。オール電化の家電製品はいまや巷に溢れ、望めば簡単に手に入る時代だが、現代の日本に昔のような環境に優しいコミュニティを作ることはできるのだろうか。江戸の町は、今日世界一を掲げる東京と同じく当時世界最大規模の都市だったが、驚くほど環境効率の良い町であったことでも知られている。細かいシステム作りを得意とする日本人らしく、その当時の江戸には都市が排出するごみを農業用の堆肥に加工するための処理施設まで既にあったというから驚きだ。同じように、今失われつつある里山の農村生活も、周囲の環境に配慮した小規模農業の素晴らしい見本である。

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奈良田の現状は深刻ではあるものの、山の集落は無気力とは程遠く、悲観すべきものではない。『産土』は映像の中で、そういった人里離れた、けれど足を運ぶ価値は十分にある様々な集落を紹介している。例えば茂倉の集落では、高齢化が進んではいるものの未だ元気な住民たちが、にわか仕込みの雨乞いの踊りを披露し、それがどうやら功を奏す様子が収められている。

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かたや稲又の集落には、毎日猪、熊、猿、鹿といった野生動物から畑を守る九十代のお年寄り、望月ふみ江さんがいる。唐辛子やドラム缶を使った焚き火で動物たちを撃退する望月さんは、沈痛な面持ちを見せながらも現実的だ。 「限界の村っていうのが現実だね。自然に人が減っていって、出た人が帰って来なければ、自然に消滅するよね。生きているうちだけ元気に暮らしていくしかないね。くよくよしても仕方ないから」

『産土』に登場する人びとは外から来た人間に対しても闊達で、カメラを携えたキャラバンの質問にも気さくに答えている。クルーが遭遇したそんな住民の中には、外国人のマーク・フェネリーさんもいた。フェネリーさんは、徳島県の木頭村で木馬(きんま)と呼ばれる運搬道具で山から運び下ろした材木を川に流して乗りこなす、『一本乗り』と呼ばれる特殊な材木流しの技術を住民に教える保存会に所属しているのだという。この技術が使われていたのは、材木が空中に張られたケーブルで運ばれるようになる以前のことで、熟練の技を必要とする大変に危険な仕事だったそうだ。「この辺の林業がすごく盛んだった時のかっこいい仕事、一番イケメンの人がやるような作業だったという風に聞いています」

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唯一キャラバンが話を聞くのに苦労したのは、沖縄の久高島だ。島の人びとは、撮影されることでカメラに魂を盗まれることを恐れたのだ。考え方が古い、もしくは前時代的だと感じられる方も少なくないだろう。だが島民と土地の結びつきは強く、それはタコや貝などの恵みをふんだんにもたらしてくれる海への感謝に根差したものだ。久高島には個人所有の土地という概念はなく、すべてはみんなのものという扱いだ。

久高島での話には、時に寒気すら感じさせるものもあった。久高島では、年に二回神様が島に降りてくる行事があり、その時期には島民すら足を踏み入れることができない場所があるという。「そういう時に間違って車とかオートバイとか持っていったらすぐ畑に出たりする」と島民のひとりは話す。「神様が通る道だから避けさせるみたい」 おかしな禁忌に時代遅れな迷信だと思われるかもしれないが、余所者である我々に何を言う資格があろうか。かつて久高島では、三十歳以上の女性が神女となるためのイザイホーと呼ばれる儀式が十二年ごとに行われていたが、この儀式は1978年を最後に途絶えたままだ。しかし神々は、きっと今もなおこの島に息づいているのだろう。

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日本文学の研究者であるデイヴィッド・G・グッドマンは、60年代から70年代にかけての日本のアングラ劇場文化におけるプリミティブな比喩表現やシャーマニズム的でありながらも時代を超えたテーマの増加について触れている中で、当時のアートシーンを「神々の帰還」と評している。どうやら自信が揺らいだりインスピレーションにひらめきを求める時、人は自分のルーツに戻ることで得るものがあるらしい。しかし中には、そもそも神々がこの土地を去ったことはなく、今もずっと共に歩み続けていると感じる人びともいる。

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神道のような自然信仰系の信念体系に対する西洋人の反応は、その大抵が「迷信深い」というものだ。西洋人にしてみれば、人類は論理的に考えて、単に自然というひとつの「ステージ」に上がっているに過ぎない。だが今日の日本の現代的な生活からは想像もつかないかもしれないが、依然としてそういった素朴かつ漠然とした、日常や風景に溶け込みながらもただ「そこ」にあり続ける信仰を持ち続けている集落も残っている。それは確たる形のある宗教とは言えないかもしれないが、都会でも田舎でも、神々への日々の感謝はほぼすべての日本人の胸に当たり前のようにあるものではないだろうか。

だがそれをよく「何を考えているのかわからない」と言われがちな東洋人のメンタリティとして片付けてしまう前に、一見非論理的な習慣や禁忌(例:なぜインドで牛が神聖視されるのか)の多くに、コミュニティを維持するための環境的な理由が隠されていることを説明したマーヴィン・ハリスのような人物についても思い出してみてほしい。そして我々は同時に、西洋的な衝動の最たるものである「すべてを解明し丸裸にせんとする心」を抑えることも忘れてはならないのだろう。

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落とし穴はそれだけに留まらない。日本の旅行代理店は、長年「ふるさと」という言葉が喚起するロマンチックなイメージで莫大な利益をあげてきた。だが郷愁やエキゾチシズムに偏りやすいテーマの中で、『産土』はさりげなくその中間に位置している。異国情緒はあれど、エキゾチシズムはない。各地を修行で渡り歩く山伏の苦行も、大仰な信仰の儀式というよりは日常のひとコマとして紹介されている。「日本人にとって山というのは、まず女の身体を表しているんですね。そしてその身体の中でも、やっぱり赤ちゃんが生まれてくる場所」 羽黒山伏先達の星野文紘さんはそう話す。またこの映像は一種の旅行記ではあるものの、その焦点は旅そのものや旅人ではない。ひとつの場所から別の場所へと淡々と移り変わるこのドキュメンタリーは、誇張もなければ見る者を急き立てることもない、まさに真の意味での「ドキュメント(記録)」なのだ。

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こういったアプローチは、日本の地方文化の擁護者、宮本常一に共通している。宮本がその生涯に歩いた距離はおよそ16万キロと言われており、彼は日本国内の隅々まで足を運び、人里離れた地域の人びとの話を記録した。そんな彼の地道だが鋭い観察は、1960年に代表作『忘れられた日本人』として出版され、一躍脚光を浴びている。しかしこういったコミュニティは本当に忘れられつつあるのだろうか?もしかしたら、我々が心配しているほどそうでもないのかもしれない。

日本の山や森は深刻な問題を抱えているが、今もなおそこで暮らし働く人びとがいる。そして彼らの持つ知恵――古きも新しきも――は常に活かされるのを待っている。「森と共に生きる暮らし方」探訪キャラバンもまたその旅を続けることが決定し、既に新たな地方集落をフィルムに収めつつある。きっと産土の神々も撮影スタッフを歓迎してくれるに違いない。

 

「森と共に生きる暮らし方」探訪キャラバン」
www.facebook.com/lifeandforest

NPOグリーンバレーとイン神山
www.in-kamiyama.jp/gv/

翻訳:山根夏美

10 11月 ’13 産土